映画『国宝』を観て、世阿弥の『風姿花伝』の一説を思い出した。世阿弥は、この書の中で能を演ずる人の目指すべき姿として、「花があること」を挙げている。その花には『時分の花』と『まことの花』があると言っている。
『時分の花』とは若い時の一時的な花である。『まことの花』とは、一時の若さや流行に左右されない真実の花であり、『時分の花』には賞味期限があるが、『まことの花』には賞味期限がないと教えている。なかなか含蓄のある言葉である。
私ももう60代半ばになる。仕事が変わり、新しい人間関係も出来上がる。そして新しい生活環境を立ち上げることに必死だったここ約10年。
世阿弥の言葉をかりれば、人それぞれ、丁寧に自分だけの『時分の花』をステージ毎に一所懸命咲かせられたらと思い頑張ってきた、それがいつしかよぼよぼになった時に老木になお残る『まことの花』(永遠美)を咲かせられるのだろうか。
そんなことをふつふつt歩考えながら、『まことの花』になるには、絶えず初心を忘れず、努力工夫を怠っていけないということあろうという結論に至る。




