”無告を虐げず”という中国の古の聖帝とされる旬の言葉である。我執を捨てて他人の良い意見を聞き従い、弱い立場に当たる人たちを虐げない、良い意味である。
私の少し悪い所でもあるが、どうしても会議や議論をしていると自分自身の意見が正しいお前に何がわかるんだ的な気持ちにかられ、つい自分の意見を通そうとしてしまいがちになる。為政者や上に立つ立場の者に対しての心がまえの説いた言葉である。
漢詩では、『捨己従人 不慮無告』と書く。前の句は、己を捨てて人に従いと読む。”無告の民”という言葉がある。どんなにいじめられても、お上から理不尽な扱いを受けても、自分の苦しい境遇を告げ訴えるべきチャンスを与えられない人々を言うそうだ。デモクラシーや民主主義のなかった中国の歴史では、金も力も地位もない一般大衆は、いつの時代でも”無告の民であった”この言葉は時代が変われど現代でもいえる上に立つ者の戒める言葉であり、私のようなものでもたまにこの言葉を思い出すことも大事である。




